いせや

「ハハハハハ」
ボクはことさら大きい声で笑った。そして、
「明日、朝、帰る前に行けたら行ってみます。ありがとうございます。」
と言い、二度目の
「それじゃ、御馳走様」
をと言って店を出た。
(中略)
 明日の予定は朝が早い。寝坊のボクに石割り桜は撮れそうにもない。「行けたら行く」なんて、調子のいいことを言っている自分が東京臭く思えて嫌だった。

久住昌之「あとがきにかえて―釜石の石割り桜」(『孤独のグルメ』)より引用。

「行けたら行く」=「正直あんま気分がのらねえから実際は行かない」という暗黙の了解は、ある程度の大人であれば、っていうか小学生でも容易に用いる語法なわけですが、「行けたら行くよ」なんて返事をしておきながら、当日になって本当に登場し、周囲から「え、ほんとに来たの!?」と逆に驚異の目で見られるというのは私の非常に好むところでして、先日このブログで機会があったら書きますなんて曖昧にいっておいた吉祥寺のいせやの話を書いてみます。
 実はいせやが取り壊しになって新たに高層ビルが建つという情報を聞いたのがつい一週間ほど前でして、その時はいせや本店ばかりでなく公園口店までもがなくなるのかと思い込んでしまい、すわ一大事とばかりに先週の金曜に吉祥寺に赴いた次第なのです。で、本店はやっぱまだ敷居が高い感じだったで公園口店でカウンターで一人で飲んでいたところ、たまたま隣りに座ったおっさん(大沢親分を坊主にしてちょっと優しくした感じ)がしきりに焼酎のコップにテーブル上のウイスキーの空き瓶に入った茶色い液体を入れて飲んでいて、たまたま自分も焼酎を注文した際にそのおっさんが何も言わずにその瓶をこちらに差し向けたところから始まった会話が、
「・・・すいません、これなんなんですか?」
「え、ああ、なんか梅かなんかのエキスっていうか、ちょっと甘い感じの・・・、焼酎に入れると飲みやすくなるみたいな、酔いが進むみたいな(笑)」
「へー。前々から何かなあとは思ってたんですよ」
「でも入れ過ぎると甘くなっちゃうからちょっとだけね」
なんちゅう感じで実際におれも入れてみて、ああそうですねえ、てなことを言って曖昧に嬉しいような顔をしてみたのです。で、しばらく黙って飲んでたのですが、若干唐突におっさんが横から、
「梅入れるとおいしいでしょう」
なんてとても素敵な笑顔で言ってきたので、ぼくも満面の笑みで「そうですねえ!」なんて感じで。結局、いせやってのはたまらなく良い飲み屋だよなあと思ったのでありました。
 本気で告知。閉店までに誰か一緒にいせや本店に飲みに行きましょう。