猫の話

 朝、出勤しようとアパートを出たところで隣家のやや体の動きの不自由なじいさんが角材でもって白いぐにゃぐにゃしたものを小突いている。落ちた軍手でも捨てようとしているのかと思いながら通り道なもので近づいてみるとミャーミャーという鳴き声が聞こえると同時に見たそれは仔猫である。そういえば昨晩外で猫の鳴き声がしていたっけ。おそらく生まれて数日から一週間ほどであろうか、目も開けきっていないようだ。先日、勤め先の休憩室に置いてあったフリーペーパーで猫カフェの記事を読んだこともあり、一瞬「おじさん、その猫いらんのだったら僕にくださらんかね?」と口から出かかったものの、そのままやり過ごしてしまう。やや行って振り向くと、草葉の陰に転がし終えたのであろう、じいさんは角材を持って家の方向へ帰っていくところであった。駅に向かう途中、猫を見殺しにしてしまったことへの罪悪感と、長いこと猫を飼いたかったその絶好の機会を逃した後悔と、けれどアパートに連れ帰ったところで大変だったろうという思いと、なにより、自分が声をかけなかったのはあのじいさんの行為が不思議と誠実な「弔い」の様相を呈していたことへの気づきと、あれやこれや考える。職場についた直後、全くの偶然だろうが同僚の女性が、昨日ウチに仔猫ちゃんが来て、という話題で盛り上がっている。拾われる猫あれば捨てられる猫あり。ヨドバシに寄って帰ったらアパートに着く頃には暗くなっており、朝じいさんが猫を転がした辺りを眺めてみたけれどいないようだった。息絶えている姿が見えなかったのか、はたまたそれなりに通行人(それも子連れ)の多い道だけに誰かに拾われたのか。後者であることを心より祈る。