自分が生まれる数年前の話

 地元の古本屋で購入した一冊『月刊艶楽書館9.10月合併号』。奥付をみると「昭和五十二年八月一日発行」となっています。まあいわゆる当時の官能雑誌ですね。でもって、ぼくがこの雑誌のどこに目を吸いつけられたかというと、その特集が「「君が代」は「エロ歌」だ!! ほんと?」という、まあおそらく現在では発売できないであろうものだったのです。その特集の中身はというとこれが予想を裏切るほどふるっていて、「滝一滴(性風俗研究SEXボランティア)」なる奇人が執筆しています。というかまず冒頭から、

<性釈・君が代の歌とは> 正式に国歌となるそうである。文部省は、小・中学校の式典で歌うことを義務づけようとして、いま国内に賛否両論が渦まいている。
 現代っ子たちは、この歌をNHK大相撲のコマーシャルソングぐらいにしか思っていない。だが、日教組は、天皇制復活のおそれがあると神経をとがらしているのである。

というのに面食らいます。あらためて発行は昭和五十二年。君が代が国家に制定される前です。が、ある意味の既視感が驚きです。そしてこう続きます。

“右欲”でも“左欲”でもない講師一滴先生は、この歌の起源を、独り静かに研究し、その結果、平和そのものの聖歌(性歌)という結論に達した。だから日本の政府がとかくいう以前に、性愛の庶民が親しんできた祝歌としての国家(日本人の性の長寿を寿ほぐ意味で)とすることに、大いに賛成なのでアリマス。

ぶっとんでます。それから、おそらく現在では流通不可であろう独自の君が代論がバツグンの下ダジャレ溢れる文章で歴史的視点から考察されるわけですが、それがめっぽう面白いのです。思想的にみても、こういうのって文章として表れないと思考として覚醒されないのだなとあらためて思った次第であります。「性的無政府主義(穴鍵)」を「アナーキー」と読ませるセンスには目が覚めました。