「ホワイト・クリスマス」を作曲したアービング・バーリンはユダヤ教徒だという

 クリスマスイブというこの日を、ひとまわり以上年上の異性と同じひとつの布団で目を覚まし(もちろん彼女には文字通り指一本触れてないわけですが)、昨晩の過度の飲酒もあり、心身ともにこれ以上ないブルーな状態でシャワーを浴びて出勤の準備をして、なにをしたわけでもないながらもなぜか一夜を共にした女性と二人でアパートを出て、嗚呼、おれはなぜこんな目に遭わなければ、もっといえば、なぜこんな人生を歩まなければならないのだろうかと。それは、終わってる感、というよりはむしろ、おそらくこれからずっとこんな状態が続くのだろうなという、終わりがまったく見えない感、というべきなのです。結局職場に行ったら行ったで小さなときめきの泡沫はありながらも、泡は泡、パッとはじけて消えて、跡形も残りゃしないもの。それでも今日の唯一のクリスマスらしいことといえば、先日貰った果物のお返しとして職場の別の女性に本を一冊(森見登美彦の『太陽の塔』文庫本)をプレゼントしたら(しかしクリスマスになんて本をあげるんだともいえますが(笑)モテない男のクリスマス粉砕物語なんて)、でも、意外と喜んでいたようだったこと。まあ、その彼女とはそれ以上の発展はぼく自身一切「願っていない」のだけれども。やっぱ、ときめきでいいのだろうか……。さあて、これからもう少しウイスキーを飲みます。